春を感じた話

本日2月15日は「春一番名付けの日」、天気予報で初めて春一番という言葉が使われた日のようだ。

その名のせいか否か、今日の大阪は曇りがちに関わらず気温14度ほど。マフラーを着けていると汗ばむ位には暖かく、気持ちのいい一日だった。

そんな日和に誘われて、鴨川を散歩しているとふと思う。

「せっかく西に来たし飛田新地行ってみたいな…」

飛田新地、ネット上では吉原、すすきの等と同様かそれ以上に知名度のある風俗街だ。
私自身既知で、いつか足を運んでみたいという好奇心があった。

取り敢えず行きたい旨をツイートをすると、経験になるから行った方が良いとの助言を受ける。
幸か不幸か、夜は一日空いている。
自然とGoogle Mapで「飛田新地」と検索をかけた。


20時になるかならないか、私はなんば駅にいた。
人生で初めて風俗街に向かうためだ。
電車の中、携帯を手で隠しながら「飛田新地 ルール」や「飛田新地 マナー」「飛田新地 まとめ」と検索。撮影禁止、値段は一律、時間も決まっていて事を成した後は飴がもらえる…云々。気分は中学生の頃隠れてアダルトサイトを見たあの頃だ。

電車に揺られること5分。最寄り駅の動物園前に近づくにつれ頭の中は性欲と好奇心、そして恐怖心が等分、いや、恐怖が少し上回っている。
絡まれたら、ヤのつく自由業の方が出たら…。しかし、ここまで来たら引き返せない。

電車が止まり、ホームに出る。
マップを見ながら最も近い7番出口に向かうと、同じ方向に進む4人組がいる。

少し耳をそばだてる。(といっても、ほろ酔いの彼らの声はそんなことをしなくても聞こえる)

「今からどこいくんだっけ?」
「夜の動物園ww」

夜の動物園。言い方の良し悪しはともかく、状況含め間違いなく私と目的地を同じくしているとわかる。

未だ恐怖が残る私は彼らの後ろに着いた。
集団の一員に見られるよう、また道に迷わないように距離を詰める。


駅から10分ほど直進、カラオケ居酒屋の間を歩いていると先頭の男が左折した。
今までいた明るい道から、少し暗い道に出る。
突然甘い匂いも漂ってくる。

間違いない、飛田新地だ。

私が最初に入ったのは(後からわかったことだが)「メイン通り」、三本あるうち真ん中の通りだ。

この時には恐怖も薄れ、好奇心と緊張が増していたが、引き続き集団の最後尾に着く。
先の方に提灯型の電灯が軒に連なり、数多の男とすれ違う。

いよいよ提灯に到達すると

「お兄ちゃんどう?」

店のなかから声をかけられた。
先に読んだ通りおばちゃんが声をかけ、嬢(という言い方が正確かわからないが)が隣に座っている。
嬢はかわいいというより綺麗な美人で、薄着にスポットライトを当てられている。
店の一階は畳敷きにこの二人がいるだけで、あとは階段がある。情事は上ですると調べ済みだ。

嬢は手を振ってくれたらしいが完全に緊張マックスな私はそれを横目に真顔のまま進む、下手にリアクションは返せなかった。

次の店も、その反対の店もその隣の店も同様におばちゃんに声をかけられ、その隣で露出の多い嬢が愛想よくしている。

正直な話をすると、街に入って以来私の愚息は全く反応しなかった。間違いなく緊張からだ。
ラクラしていたという言葉が適切なのか、それとも夜の街に当てられたか。とにかく純度100%の緊張を抱えながら真っ直ぐ進んでいく。
前の男たちはどこの娘がかわいいという会話をしている。

実際、並ぶ嬢は皆美人だ。ネットで言われていることが正しいのは珍しい。やはりエロは男を団結させるということか。

そんなこんな考えているうちに、道が突き当たる。
なお、メイン通りは表情筋が言うことを聞かずずっと真顔だった。

まだ街に入って10分も経っていない。もう少しこの雰囲気を味わいたい。
顔は硬いが心はすこし解れてきた。愚息は硬くなる気配もないが今度は「青春通り」に向かった。

もはや絶滅したブルマやナース服、下着姿の嬢が行く先々で声をかけてくれる。青春の通り皆若い。殆ど私と年は変わらないはずだ。
肉々く、妖艶に、それでいて明るい声で魅了してくる。
想像していたものとは違い、おばちゃんも明るく客引きをしている。
時折男性が店に入ったり、逆に出てくる所も見かける。おばちゃん一人で隣に花束らしきものが置いてあるのは「接客中」ということだろう、声をかけられることはない。

この時もまた、緊張して一言も発せない。だが、少し余裕が出てきた。
既に前の集団とは離れ一人で回っている。
雰囲気を楽しみだした私は「青春通り」を通り終わると、今度は青春とメインの間の店を見始めた。
(飛田新地はメイン三本の通りと、それらを結ぶ小さい道から成立っている)

ここに、個人的に印象深い女性がいた。
正直ちょっと驚くほどかわいく(単純に私の好みなのもあるが、今日一番かわいいと思った)、一度別の道を回った後もう一度あの娘を見ようと店に向かった。

その女性は会話中で、おばちゃんの声が聞こえてきた。

「つまり、(嬢の)中から選んでもらうんだけど、選ばれるのが罰ゲームかもね」

おばちゃんは元々飛田で働いていた嬢が多いという。かわいいあの娘は働き始めたばかりなのだろうか。前を通るとき、目を合わせられなかった。

ここで女性の搾取がどうこういうつもりは無い。なぜなら私も性欲の赴くままに飛田に向かったのであり、「そういう場所」と知ってなお歩いているわけだから。ただの自己満足かつ押し付けの感情を持っただけだ。

とはいえこの時もはや事に至る気分は無くなり、あとは見学して帰ろうと考えた。完全に場違い迷惑野郎である。

最後の「大門通り」は妙齢の女性が多い。ネットでは「妖怪通り」とも揶揄されていたが、中々どうして美しい方が多い。また、おばちゃんがいない店も目につく。飛田のベテラン嬢が多いのだろうか。
一つの店を通る前、おばちゃんに声をかけられながらそちらを見ずに進むときがあった。特に理由はなかったが。

そうすると、おばちゃんは「一目女の子見てってお兄ちゃん!」と声をかけてくる。それもなんとなく無視する。
だが、超えたところでフッと後ろを振り返る。
飛田の店はおばちゃんと嬢がおり、壁には鏡が掛けてある。
その鏡ごしにおばちゃんと目があった。

先ほど書いたかわいい女性のエピソードが一番の衝撃なら、この時の目は一番の恐怖を感じた。

別におばちゃんも怒りやその類いの感情を向けたわけではない。断言できる。もし向けているなんて思ったらそれは思い上がりだ。なんの感情も抱かれていない。
それでも、なぜか恐怖を感じてしまい、足を早めた。

そろそろ出よう。もう一度青春通りを歩き、あの娘の店に足を向けた。
彼女は店にいなかった。
果たして、罰ゲームを被ったのか、時間で上がったかはわからない。
電車でみたサイトには嬢とは一期一会。もう会えないと思った方がいいとあった。
おそらくあの娘とは二度と会うことは無いだろう。(そもそも、向こうから認識など絶対にされていないが)

こうして、私の初風俗街は重たいままの財布で終わった。
あまり深い感想も持てなかった。
良い経験になった。位しか言うことができない。

あ、一つあった。愚息が全く役に立つ気がしなかったはショックだった。


冒頭に春一番と書いた。
春には「売春」、「春をひさぐ」のように性行為という意味もある。
もう一つの春が飛田にはあった。